未来型オンライン学習を担う教員育成:求められるスキルと効果的なファカルティ・ディベロップメント
はじめに:変化する高等教育と教員の役割
近年、高等教育機関におけるオンライン教育の重要性は飛躍的に増しています。単なる対面授業の代替ではなく、時間や場所を選ばない多様な学習機会の提供、個別最適化された学習体験、学生の能動的な学びの促進など、オンライン教育は新たな可能性を拓いています。このような未来型のオンライン学習モデルを効果的に実現するためには、教育システムや技術基盤の整備に加え、教育実践の担い手である教員のスキルアップが不可欠です。
本稿では、未来型オンライン学習環境において教員に求められる具体的なスキルセットを定義し、それらを育成するための効果的なファカルティ・ディベロップメント(FD)のあり方について、国内外の事例や知見に基づき考察します。
未来型オンライン学習において教員に求められるスキルセット
オンライン教育の進展に伴い、教員に求められるスキルは従来の教育実践の延長線上にとどまらず、多岐にわたります。主に以下のカテゴリーで重要なスキルが挙げられます。
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教育設計スキル:
- オンライン環境に適した学習目標の設定とカリキュラム設計
- 多様な学習活動(動画講義、オンライン討論、共同作業など)の計画と構成
- 効果的な教材(スライド、動画、インタラクティブコンテンツなど)の選定・作成
- 学習管理システム(LMS)やその他のオンラインツールの効果的な活用設計
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ファシリテーション・コミュニケーションスキル:
- オンラインフォーラムやチャットを活用した学生間の相互作用促進
- 学習進捗のモニタリングと個別の学習支援
- オンライン会議ツールを用いた効果的な質疑応答やグループワークの進行
- 非同期コミュニケーションと同期コミュニケーションの効果的な使い分け
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評価スキル:
- オンライン環境での多様な評価方法(小テスト、レポート、オンライン試験、ポートフォリオなど)の設計と実施
- 形成的評価による学習改善支援
- オンライン試験における公正性・信頼性の確保策
- 学習成果に基づくフィードバックの与え方
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テクノロジースキル:
- LMS、オンライン会議ツール、著作権保護された教材作成ツールの基本的な操作
- 教育効果を高めるための新しいテクノロジー(AI、VR/AR、ラーニングアナリティクスツールなど)への理解と活用意欲
- 情報セキュリティとプライバシー保護に関する基本的な知識
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ラーニングアナリティクス活用スキル:
- LMS等から得られる学習データの基本的な読み解き
- 学生の学習状況や困難を早期に発見するためのデータ活用
- データに基づいた教育方法や学習支援の改善
これらのスキルは相互に関連しており、オンライン環境における質の高い教育を提供するためには、これらを統合的に身につけることが重要です。
効果的なファカルティ・ディベロップメント(FD)の原則
教員のスキル開発を効果的に行うためには、単発の研修ではなく、継続的かつ体系的なFDプログラムが必要です。効果的なFDの原則としては、以下のような点が挙げられます。
- 実践志向: 知識伝達だけでなく、実際のオンライン教材作成や授業設計、オンラインファシリテーションなどの演習を取り入れる。
- 参加型・協調型: 一方的な講義形式ではなく、ワークショップやグループディスカッション、実践共有会などを通じて、教員同士が学び合い、課題を解決していく機会を提供する。
- 継続性: 短期間の研修だけでなく、継続的なサポート、実践の振り返り、学びのコミュニティ形成を支援する。
- 個別最適化: 教員の経験や専門分野、オンライン教育への関心度に応じた多様なプログラムや支援を提供する。
- トップマネジメントのコミットメント: 大学全体としてオンライン教育と教員育成の重要性を認識し、資源(時間、予算、人的サポート)を投入する。
大学におけるFDの実践例と成功要因
多くの大学がオンライン教育の質向上のため、様々なFDプログラムを実施しています。成功事例に共通するのは、上記の原則を踏まえつつ、各大学の特性やニーズに合わせた工夫を行っている点です。
例えば、ある大学では、オンライン授業設計に関する集中的なワークショップに加え、経験豊富な教員がメンターとして新規に取り組む教員を支援するピアサポートプログラムを導入しました。これにより、教員は孤立することなく、実践的なアドバイスを受けながらスキルを磨くことができています。成果として、オンライン授業に対する教員の自信が高まり、学生のエンゲージメント向上にも繋がったという報告があります。
別の事例では、ラーニングアナリティクスツールの活用に特化したFDプログラムを展開しています。ツールの操作方法だけでなく、得られたデータをどのように解釈し、具体的な教育改善や学生支援に繋げるかという点に焦点を当てたワークショップと個別相談を実施しました。これにより、多くの教員がデータを活用した教育実践に興味を持ち、実際に教育方法の見直しやリスクを抱える学生への早期介入に取り組むようになっています。
これらの事例から、効果的なFDの成功要因として、以下の点が考えられます。
- 明確な目標設定: FDプログラムを通じて教員にどのようなスキルを習得してもらいたいのか、具体的な目標を共有する。
- 多様な学習機会の提供: 研修、ワークショップ、個別相談、ピアラーニング、オンラインリソースなど、多様な形式の学びを提供し、教員のニーズに合わせる。
- 実践と結びついた内容: FDの内容が、教員の実際の授業実践に直接役立つものであること。
- サポート体制の整備: FD担当部署だけでなく、教育工学の専門家や技術サポートチームとの連携による包括的なサポート体制を構築する。
- 教員コミュニティの醸成: FDを単なる「研修」ではなく、教員同士がオンライン教育に関する知見や課題を共有し、共に成長していく「コミュニティ」と位置づける。
これらの成功要因は、必ずしも大規模な予算や最先端の技術を必要とするものではありません。既存のリソースを活用し、教員の主体的な学びと協力を促す仕組みを構築することが、持続可能なFDには不可欠です。
課題と今後の展望
未来型オンライン学習を担う教員育成には、いくつかの課題も存在します。多忙な教員の参加促進、技術変化への継続的な対応、FDの効果測定と評価、オンライン教育に対する教員の意識改革などが挙げられます。
今後は、テクノロジーの進化(生成AIの教育活用など)を踏まえた新しいスキル要件の定義や、オンライン・ブレンド型教育が「当たり前」となる時代の教員像を見据えたFDプログラムの再設計が必要となるでしょう。また、FDの効果を客観的に評価し、プログラムの改善に繋げるための仕組みづくりも重要です。
結論
未来型オンライン学習の可能性を最大限に引き出すためには、教員の不断のスキル開発と、それを支える大学の包括的なFDプログラムが不可欠です。本稿で述べたように、教育設計、ファシリテーション、評価、テクノロジー、ラーニングアナリティクス活用といった多角的なスキルを育成し、実践志向、参加型、継続性といった原則に基づいたFDを実施することが、オンライン教育の質を保証し、多様な学生の学びを成功に導く鍵となります。各大学は、自学の状況と教員のニーズを踏まえ、最も効果的なFD戦略を立案・実行していくことが求められています。