オンライン学習における著作権・肖像権管理:大学教育での課題と実践的アプローチ
はじめに
近年、オンライン教育の普及に伴い、大学の授業では多様なデジタルコンテンツや映像が活用される機会が増加しています。これにより、教育活動における著作権および肖像権の適切な管理が、これまで以上に重要な課題となっています。特に、授業資料の配布、録画、配信などを行う際には、これらの権利に対する十分な理解と配慮が不可欠です。本稿では、大学オンライン教育における著作権と肖像権に関する基本的な考え方、直面しうる課題、そしてそれらに対する実践的なアプローチについて解説します。
オンライン教育における著作権の基本と課題
著作権は、思想または感情を創作的に表現したものであり、文芸、学術、美術、音楽などの範囲に属するものを保護する権利です。オンライン授業で教員が扱う資料、例えば教科書の一部分、論文、画像、動画、音楽、ソフトウェアなどは、多くの場合、著作権の保護対象となります。
大学のような教育機関における著作物の利用については、著作権法において特別な定め(権利制限規定)が設けられています。特に、令和2年(2020年)の著作権法改正により、教育目的でのインターネット等による著作物利用に関する権利制限が拡大されました。これにより、授業目的であれば、必要と認められる限度において、公表された著作物を利用できるようになりました。ただし、これにはいくつかの条件があります。
- 授業の過程における利用であること: 大学等の教育機関における対面授業や遠隔授業であること。
- 必要と認められる限度であること: 著作物の種類や用途、利用方法に照らし、目的を達成するためにやむを得ない限度であること。例えば、教科書まるごとをアップロードするなどはこれに当たらない可能性が高いです。
- 著作権者の利益を不当に害しないこと: 通常の著作物利用市場と競合しないことなどが含まれます。補償金の支払い義務が発生する場合もあります。
- 出所の明示: 利用した著作物の出所を適切に表示する必要があります。
これらの条件を満たしているかどうかの判断は、個々のケースで慎重に行う必要があります。特に、オンライン授業プラットフォームでの資料共有や、授業録画のオンデマンド配信などは、著作権者の利益を不当に害する可能性がないか、利用範囲は適切かなどを確認することが重要です。不明な点は、所属大学の著作権担当部署や法務部門に相談することが推奨されます。
オンライン授業における肖像権の基本と課題
肖像権は、人が自己の肖像(容姿)をみだりに利用されない権利であり、プライバシー権の一部として法的に保護されています。オンライン授業において肖像権が問題となるのは、主に授業の録画や配信を行う場合です。
授業の録画や配信には、教員自身の肖像だけでなく、授業に参加している学生や、ゲストスピーカーとして招かれた外部の方の肖像が含まれる可能性があります。これらの人物の同意なく肖像を利用することは、肖像権侵害となるリスクがあります。
特に、以下のような点に注意が必要です。
- 学生の肖像権: オンライン授業を録画し、オンデマンドで学生に提供する場合、その映像に他の学生の姿や声が含まれることがあります。録画・配信を行う際は、事前に学生に対してその旨を十分に説明し、同意を得る必要があります。同意の取得方法としては、履修要項への明記、初回授業での説明と同意確認、オンライン授業システム上での通知などが考えられます。プライバシーに配慮し、学生が顔や名前を出さずに参加できるオプション(カメラオフ、ニックネーム使用など)を提供することも有効です。
- ゲストスピーカーの肖像権・著作権: 授業に外部のゲストを招いて講演等を行う場合、そのゲストの肖像権だけでなく、講演内容の著作権についても配慮が必要です。講演の録画や配信については、事前にゲストから明確な許諾を得る必要があります。許諾の範囲(学内限定公開か、期間限定公開かなど)についても詳細に取り決めを行うことが望ましいです。
- 背景や映り込み: オンライン授業を行う場所の背景に、著作物(ポスター、書籍の背表紙など)や第三者の肖像が映り込む可能性もゼロではありません。可能な限りシンプルな背景を使用したり、バーチャル背景を利用したりするなどの対策が考えられます。
大学としては、オンライン授業の録画・配信に関するガイドラインを策定し、教員及び学生に周知徹底することが求められます。
実践的な対策と大学に求められる支援
オンライン教育における著作権・肖像権の問題に対処するためには、個々の教員の努力に加え、大学全体の体制整備が不可欠です。以下に実践的な対策と大学に求められる支援を挙げます。
- 著作権・肖像権に関するガイドラインの策定と周知: 大学として、オンライン教育における著作物利用の許諾範囲、授業録画・配信時のルール、学生や外部ゲストからの同意取得手続きなどを明確に定めたガイドラインを策定し、教員、学生、職員に広く周知することが重要です。
- 教員向け研修・セミナーの実施: 著作権法や肖像権に関する知識は専門的であり、最新の法改正に対応する必要もあります。教員向けに定期的な研修やセミナーを実施し、正しい知識と適切な対処法を習得できる機会を提供することが有効です。
- 相談窓口の設置: 個別の事例判断や対応に迷うケースは少なくありません。著作権、法務、ITサポートなどが連携した専門の相談窓口を設置し、教員が気軽に相談できる体制を整えることが求められます。
- 適切なオンライン学習プラットフォームの活用: 利用するオンライン学習プラットフォームの機能や設定が、著作権・肖像権保護に配慮されているか確認することも重要です。例えば、限定公開機能、ダウンロード制限機能、録画時の参加者への通知機能などを持つプラットフォームを選択することが望ましいです。
- 代替コンテンツの活用: 著作権上の懸念がある既存コンテンツの利用を避けるために、オープンエデュケーションリソース(OER)やクリエイティブ・コモンズ・ライセンスが付与されたコンテンツ、大学が契約しているデータベースや電子リソースなどを積極的に活用することも有効な手段です。
結論
オンライン教育は、学習機会の拡大や多様な学びの提供を可能にする一方で、著作権や肖像権といった新たな法的な課題を提起しています。大学の教員が、これらの権利に関する基本的な理解を持ち、適切な配慮と手続きを行うことは、教育活動を円滑に進め、関係者の権利を保護するために不可欠です。
大学全体として、明確なガイドラインの策定、教員への継続的な研修、そして専門的な相談体制の構築を進めることで、安心して質の高いオンライン教育を展開できる環境を整備していくことが強く求められています。これらの取り組みを通じて、オンライン教育における法的なリスクを管理しつつ、教育の可能性を最大限に引き出すことが期待されます。