不登校オンライン学び図鑑

大学オンライン教育における暗黙知・実践知の習得支援:設計アプローチと成功事例

Tags: オンライン教育, 大学教育, 暗黙知, 実践知, 学習設計

はじめに

近年、大学教育におけるオンライン化は急速に進展し、形式知の伝達においては対面授業に劣らない、あるいはそれを凌駕する効率性や柔軟性を実現しています。しかしながら、教育における「知」は形式知のみならず、経験を通じて培われる暗黙知や、実践的なスキルとしての実践知も極めて重要です。これらの非形式的な知識・スキルの伝達および習得は、物理的な共有空間や非言語的な相互作用が制限されるオンライン環境において、大きな課題となりがちです。

特に、実験・実習、研究指導、芸術制作、臨床教育など、特定の分野における高度な知識・スキル習得には、熟達者の「技」を肌で感じたり、試行錯誤の中で「コツ」を掴んだりといった、暗黙知や実践知の要素が不可欠です。オンライン環境において、これらの知識・スキルを効果的に学生に習得させるためには、従来とは異なる教育設計やアプローチが求められます。

本記事では、大学オンライン教育における暗黙知・実践知の習得を支援するための設計アプローチ、具体的な実践事例、評価方法、そして関連する技術やツールの活用について論じます。これにより、オンライン環境下でも質の高い教育を実現するための知見を提供することを目指します。

大学教育における暗黙知と実践知の重要性

暗黙知(Tacit Knowledge)とは、言語化や構造化が困難な、個人的で経験に根差した知識です。ノーベル経済学賞受賞者であるマイケル・ポランニーによって提唱され、自転車に乗るスキルや専門分野における「勘どころ」などが例として挙げられます。実践知(Practical Wisdom/Phronesis)は、特定の状況において何が適切かを見抜き、倫理的に判断し行動する能力であり、特に専門職分野で重要視されます。

大学教育において、これらの知識は、学問分野の奥深さを理解し、研究を推進し、将来専門家として社会に貢献するために不可欠です。形式知(教科書知識など)は理解できても、それを実際の研究や実務に応用する段階で、暗黙知や実践知が決定的な役割を果たすことが多々あります。オンライン教育がこれらの知識の習得を十分に支援できなければ、学生の能力育成に限界が生じる可能性があります。

オンライン環境における暗黙知・実践知伝達の課題

オンライン環境が、暗黙知・実践知の伝達・習得において抱える主な課題は以下の通りです。

効果的な設計アプローチ

これらの課題に対し、オンライン環境で暗黙知・実践知の習得を支援するための効果的な設計アプローチをいくつか提案します。

1. 熟達者の「技」を「見せる」設計

言語化困難な暗黙知の伝達には、熟達者のパフォーマンスを直接「見せる」ことが有効です。

2. 実践的な「経験させる」設計

学生自身が手を動かし、試行錯誤する中で実践知を育む機会をオンラインで設計します。

3. 熟達者や仲間との「対話させる」設計

知識の共有や内省を促す対話は、暗黙知・実践知の言語化や相互理解に繋がります。

4. 学びを「振り返らせる」設計

自身の経験や行動を振り返り、そこから意味を見出すプロセスは、実践知の定着に不可欠です。

成功事例の分析

具体的な成功事例は多様ですが、ここではいくつかの類型とその分析を示します。

評価方法

オンライン環境における暗黙知・実践知の評価は容易ではありませんが、以下のような方法が考えられます。

重要なのは、評価が単に優劣をつけるためだけでなく、学生自身の学びを促進するためのフィードバックの機会となるように設計することです。

関連する技術とツール

暗黙知・実践知の習得支援に活用できる技術やツールは多岐にわたります。

これらのツールは単体で使用するのではなく、教育目標と設計アプローチに基づき、組み合わせて戦略的に活用することが求められます。

結論

大学オンライン教育における暗黙知・実践知の伝達・習得は、形式知のそれと比較して複雑であり、綿密な教育設計が不可欠です。熟達者のパフォーマンスを「見せる」、学生に実践を「経験させる」、熟達者や仲間と「対話させる」、自身の学びを「振り返らせる」といった多角的なアプローチを組み合わせることで、オンライン環境下でもこれらの重要な知識・スキルを効果的に育成することが可能になります。

そのためには、教育者はオンラインならではの特性を理解し、豊富なオンラインツールを効果的に活用するためのスキルを習得する必要があります。また、オンライン環境での暗黙知・実践知の評価方法についても、継続的な研究と実践が求められます。

今後、AIによる個別化されたフィードバックや、XR技術によるより没入感のある実践体験など、新しい技術の発展がオンラインでの暗黙知・実践知教育にさらなる可能性をもたらすと考えられます。大学教育に携わる者として、これらの動向に注目し、常に最適な教育方法を追求していくことが、未来の社会を担う学生たちの育成において極めて重要であると言えるでしょう。